通じ合う心



カラーン……カラーン……。
 鐘の音がアクレイア中に響く。
 しかしそれは悲しみを告げる鐘の音。
 王宮並びに各所にあるエトルリア国旗は完全に上げられず途中で止められている。
 ――そう。不幸を伝える半旗。
 今日はエトルリア王国の第一王位継承者であったミルディン王子の葬儀の日だった。


「……」
 エトルリア『騎士軍将』パーシバルは自分の執務室からその半旗を眺めていた。
 いまだに信じられない。
 剣を捧げた主君が落馬事故で亡くなるなど…。
 しかしそれは事実であって変えられはしない。
 心に穴が開いて、空しい風が吹いている。
「…殿下…」
 自らの手で、顔を押さえる。
 主に忠誠を誓い、国のために戦い働く――それが自分のすべてだった。
 だがもう主君はいない。
 自分はどうすべきなのか……。
 コンコン。
「…誰だ?」
 扉を叩く音。我に返って相手を尋ねる。
「失礼致します」
「…セシリアか…」
 一礼して入ってきたのは同じ三軍将の一人で『魔道軍将』セシリア。
 後ろ手で扉を閉め、彼に歩み寄る。
「…陛下のご様子はどうだ?」
 彼女は国王の元にいたはずだと思って尋ねてみた。
「今はダグラス殿が付いていて下さっております。
しかし…殿下を喪った悲しみで、まるで魂の抜け殻です」
 沈痛な面むちでセシリアは答える。
「…本当に、見ていて痛々しいです…私も」
 セシリアが目を閉じる。
 悲しみを、辛さを、こらえているのが分かる。
「たった一人の、遅くに出来た御子だったからな…殿下は」
「ええ。…あんなことになるとは…思っていなかったのでしょうね。
 あまりにも突然で…不自然です」
「…?」
 ポツリと洩らした彼女の言葉に、パーシバルは一瞬目を瞬かせる。
「…私は思うのです。殿下の死は事故ではなく、暗殺なのではないかと…」
「…なぜ、そう思う」
 冷静に問うた。セシリアは自分の考えをハッキリと語る。
「殿下は後二、三年で王位を継ぐだろうと言われておりました。
 殿下は聡明な方でしたし、即位されたら不利になる者も多かったのではないでしょうか。
 ならばその前に亡き者にし、崩れたエトルリアを乗っ取ろうとする輩もいるのでは…と。
 陛下は殿下を非常に可愛がっておられましたし…」
 その通りだ。王子はその聡明さから疎まれてもいた。
 何年も前に暗殺されかかったことが事実ある。
 自分はいかなる者からも主君を守ると誓ったのではないか。
 事実なら、許せない。主を死に至らしめた者たちを決して許しはしない。
「…私も同じ意見だ。だが…証拠がない」
 そう。机上の空論であって暗殺証拠のは何一つない。しかし不自然さが、二人に暗殺を匂わせている。
「ええ。しかしもし暗殺ならば、決して許しはしません。
 我らがエトルリア王国に仇なした者に、三軍将の裁きを与えます」
 強く言い切るセシリア。
 彼女は強い――そう思う。
 決して人前では涙を見せず、常に戦乙女であり、多くの民に勇気を与えている。
 情けなく思えてくる。
 自嘲気味に、目を閉じる。
「…お辛いのですね、将軍も…」
 すると悲しげな声が、耳を震わせた。
 目を開けると、悲しみを称えた翠の瞳が自分を覗き込んでいる。
「……」
「陛下と同じぐらいあなたも悲しんで、傷ついて…心に悲しい風が吹いている…」
「…いや、私は…」
 いつの間にか固く拳を作っていた手に、柔らかな彼女の手が重なる。
 セシリアは首を緩やかに横に振って、続けた。
「いえ、私は分かります。あなたがどれほど悲しんでいるのか。
 あなたがどれほど殿下に忠誠を尽くしていたか。あなたにとって殿下がどれほど大切な方だったか…」
 その姿が切に痛くて。
「…なぜ、お前が泣く…?」
 もう片方の手で、いつのまにか流れていた彼女の涙をそっと拭った。
 涙を認めた彼女は言った。
「伝わるからです。あなたの悲しみが。
 泣きたくても泣けない…騎士であらなければならないあなたの心の痛みが…
 この手から、伝わるから」
「…」
 触れ合う手と手。
 普段から感情を表に出さない彼の心情を理解する術はほとんどないと言ってもいい。
 しかしセシリアは僅かな違いを見て取り、そこから彼の心情を理解する。
 今も、そう。
 剣を捧げた主君を失った悲しみ、痛み。そして不甲斐ない自分への怒り。
 それらを固く作った拳から感じている。
「…私の代わりに泣いているのか…お前は」
 主を失ったというのに、涙すら流せない自分。けれど彼女が、自分の痛みを分かち合い泣いている。
 済まないと思う気持ちと同時に、決して今傍にいる人を失いたくないとも思う。
 すべてを受けとめて、支えてくれている数少ない理解者――。
 それが、彼女セシリア。
「…済まない。不甲斐ない私などのために」
「いいえ。少しでも、あなたの心の痛みが和らぐなら…」
 傍にいてくれるだけでいい。
 それだけで心は少し楽になる。
「…セシリア」
「はい、パーシバル将軍。…わかっています」
 セシリアが微笑んだ。
 言わずとも、願いは分かる。
 決して、先に死してはならないと。
 二人でこの国を支えていくのだと。

 それはお互いの願いだから。

 通じ合う人を失いたくないと願っているから。



戻る
55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット